アジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門(二〇一五年)に輝き、中国SFの名を世界的なものとした劉慈欣『三体』の三部作、その第一部がハヤカワ文庫SFより二〇二四年二月に文庫化された(第二部[黒暗森林]、第三部[死神永生]に関してはそれぞれ四月、六月と隔月刊行)。個人的にはポケットの中に本を常に忍ばせておきたい性質なので、手のひらサイズに収まってくれるのはありがたい。
こじんまりとした全形に収まっているのは一九四〇ー六〇年代の古き良きSFテイスト。未知との遭遇でもたらされる人類滅亡というテーマはやや埃っぽい印象だけど、ところがどっこい、そういうネガティブな要素がVRゲーム「三体」の描写を介してうまい具合に打ち消されている。読み手の視線を作為的に真実から逸らす技術が巧みであり、物語の始まりである文化大革命の凄惨さもまた、SFを介した新たな世界創出のための「単なる歴史的要素の一つ」であることとして昇華されている。ひとつ間違えれば、カウンター・カルチャーとしての趣を持つが故にお上に規制されそうなものだけれど、回避スキルが半端じゃない。エンタメ属性として構成が組まれるよう最新の注意が払われている。
加えて、科学の信望者である著者だからこそ繰り出せるSFギミックのリアリティは目を見張るものがある。最新の話題を取り扱いながらも王道なストーリーは読み始めたら止まらない。
あらすじ
物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体〈科学フロンティア〉への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは
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物語的は、親を殺されたことによって絶望に染まった主人公が平和主義者から過激派に闇堕ちしたことが起因となって進む。
「人類社会にはもう、自己改革するだけの力がない。外部の力による介入が必要なんだ」
p. 355
のように、異性文明の三体世界にコンタクトを送り地球に誘致しようと試みる。
VRゲームの「三体」は、実は、人類の歴史を利用して三体世界の発展をシミュレートしたもので、主人公同様、世界に絶望した同志を集めるために開発された。最初のうちは単なるゲームなのかなくらいの存在感なのだけれども、三体世界が本当に存在すると気付いたときにはもう、マジかよ……となること間違いない。
第一部はあくまでプロローグ。第二部から真に面白さが発揮されていく。
劉慈欣は一九六三年に北京で生まれた。SFに興味を持つきっかけはジュール・ヴェルヌ『地底旅行』、その後アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』で本格的にSFへとのめり込む。